
大晦日になると、毎年のように少しだけ車に乗りたくなる。
どこかへ行く予定があるわけじゃない。
初詣の下見でもないし、買い出しでもない。
ただ、エンジンをかけて、ハンドルを握りたくなる。
一年の最後の日は、家にいても落ち着かない。
テレビをつければ一年の総集編みたいな番組が流れていて、
スマホを開けば「今年を振り返る」「来年に向けて」という言葉が並んでいる。
それが悪いわけじゃない。
ただ、自分の一年と、どこか噛み合っていない感じがする。
だから車に乗る。
夜の空気が冷たくなる時間帯を選んで、
静かな道を、少しだけ走る。
今年も、いろんな道を走った。
楽しかった日もあったし、
正直、あまり覚えていない日もある。
目的地がはっきりしていた日もあれば、
理由もなく遠回りした日もあった。
車は、その全部を知っている。
調子が良かった日も、
気持ちが沈んでいた日も、
何も考えたくなくて、ただ走っていた夜も、
黙って一緒に走ってくれた。
一年を振り返るとき、
どうしても「何ができたか」「何が足りなかったか」を考えてしまう。
うまくいったこと、できなかったこと、
ちゃんとやれたこと、やれなかったこと。
でも大晦日の車内では、
そういう問いは、あまり浮かばない。
代わりに出てくるのは、
「よくここまで来たな」という、
かなり曖昧で、でも確かな感覚だ。
うまく走れた日ばかりじゃない。
スピードを出しすぎた日もあったし、
なかなか前に進めなかった日もあった。
止まりすぎて、エンジン音だけを聞いていた夜もあった。
それでも、
年末の夜にこうしてハンドルを握っている。
それだけで、もう十分なんじゃないかと思えてくる。
大晦日の道路は、少し不思議だ。
昼間はあんなに慌ただしかったのに、
夜になると、急に音が減る。
信号待ちの時間も、
いつもより長く感じる。
その静けさの中で、
今年の出来事が、順番も関係なく浮かんでは消えていく。
意味づけもしないし、まとめようともしない。
ただ、思い出す。
きれいに整理された一年じゃなくていい。
走ってきたままの一年を、
そのまま眺める時間があってもいい。
車を停めて、少しだけ外に出る。
冷たい空気を吸って、深呼吸をする。
遠くの音が、ほとんど聞こえない。
今年も、ちゃんと終わるんだなと思う。
来年のことは、まだ考えない。
目標も、計画も、
今は置いておく。
大晦日は、
一年を締めくくる日であって、
何かを始める日じゃない。
車と一緒に、
今年を終える。
それだけで、今日は十分だ。
エンジンを切る前に、
ダッシュボードを軽く叩く。
意味はないけど、毎年やっている。
「今年もありがとう」
誰に聞かせるわけでもない言葉が、
自然と浮かぶ夜だった。






