2月の始まりなのに、何も始まった気がしない夜の話

2月の始まりなのに、何も始まった気がしない夜の話

2月が始まった。
カレンダーは、ちゃんと新しい月を指している。

でも、
気持ちはあまり動いていない。

月が変わると、
少しは空気が変わるものだと思っていた。

1月が終わって、
2月が始まった。
それだけのことなのに。

月が変わったのに、実感がない

年末年始みたいな、
大きな区切りがあるわけじゃない。

月初だからといって、
何かを始める理由もない。

朝起きて、
一日を過ごして、
気づいたら夜。

昨日と今日の違いを、
説明できない。

「2月」という言葉だけが先にある

ニュースやSNSでは、
もう2月の話をしている。

節分とか、
バレンタインとか、
季節の言葉はちゃんと並んでいる。

でも自分の中では、
まだ1月の延長みたいな感覚が残っている。

寒さも変わらない。
日常も変わらない。

始まった感じがしないのは、悪いことじゃない

「月が変わったのに、
何も始まった気がしない」

この感覚を、
どこかで悪いことのように思っていた。

新しい月なら、
新しい気持ちで。
切り替えて。
前を向いて。

でも、
そうならなくてもいい気がしてきた。

2月は、気持ちが動きにくい月だ

寒い。
日が短い。
イベントも少ない。

2月は、
気持ちが動きにくい条件が、
全部そろっている。

無理に動かそうとすると、
かえって疲れる。

だから、
何も始まった気がしなくても、
自然だと思う。

日曜日の夜は、なおさら実感が薄い

今日は日曜日だ。

週末の終わりと、
月の始まりが、
重なっている。

どちらも、
はっきりした輪郭を持っていない。

この曖昧さが、
「始まった感じ」を、
さらに薄くしている。

だから、車に乗る

日曜日の夜に、
車に乗る。

理由は、
いつもと変わらない。

この「よく分からない感覚」を、
そのまま家に置いておきたくない。

整理したいわけじゃない。
答えが欲しいわけでもない。

ただ、
少し動かしたい。

2月の夜の道路は、1月と変わらない

走り出して気づく。

道は、
昨日までと同じだ。

看板も、信号も、
街の明かりも、
何も変わっていない。

それを見て、
少し安心する。

変わらないものがあるという事実

月が変わっても、
変わらないものがある。

それは、
悪いことじゃない。

全部が変わったら、
たぶん落ち着かない。

日常は、
変わらない部分があるから続く。

始めなくていい月があってもいい

1月は、
始める月だった。

年が変わって、
生活を戻して、
走り出す。

でも2月は、
始めなくていい。

走り続ける月でも、
整え直す月でもいい。

車内は、曖昧さを許してくれる

車の中では、
はっきりさせなくていい。

「何を始めるか」も、
「どう変わるか」も。

今は、
何も決めなくていい。

「何も始まっていない」という状態

何も始まっていない、という状態は、
停滞じゃない。

準備でもないし、
失敗でもない。

ただ、
そういう時間だ。

冬の真ん中には、
こういう時間がある。

2月は、ゆっくりでいい

急がなくていい。
追いつこうとしなくていい。

気持ちが動かないなら、
そのままでいい。

2月は、
そういう月だと思っている。

車を停めると、夜が終わる

家に戻って、
車を停める。

エンジンを切ると、
2月最初の夜が終わる。

特別な感情はない。
でも、
それでいい。

明日も、たぶん変わらない

明日も、
たぶん大きくは変わらない。

寒くて、
普通の平日があって、
夜が来る。

でも、
それが続くことが、
生活だ。

2月の始まりは、静かでいい

2月の始まりなのに、
何も始まった気がしない夜。

それは、
失敗でも、
取り残された感じでもない。

ただ、
冬の真ん中にいるというだけだ。

車内で、
そんなことを思った夜の話。