
元日の朝は、音が少ない。
いつもなら聞こえてくるはずの車の走行音も、
どこか遠くにある。
テレビをつけても、街の気配は伝わってこない。
外に出ると、
空気がやけに澄んでいる。
寒さのせいかもしれないし、
正月だからかもしれない。
理由は分からないけど、
元日の朝だけは、
世界が少しだけ静かになる。
そんな朝に、車に乗る。
初日の出を見に行くわけじゃない。
初詣に向かうわけでもない。
誰かと待ち合わせているわけでもない。
ただ、エンジンをかけて、
いつもの道を走る。
元日の道路は、不思議だ。
信号はいつも通りに変わるのに、
止まる回数が少ない。
前にも後ろにも、ほとんど車がいない。
普段なら気にもしない道なのに、
今日はやけに広く感じる。
車線も、歩道も、
全部が余白みたいだ。
ハンドルを握りながら、
昨日までの一年のことを思い出す。
でも、それは反省とか総括じゃない。
大晦日に振り返ったはずなのに、
まだ残っていたものが、
静かに浮かんでくる感じ。
あのとき、
もう少し違う選択もあったかもしれない。
あの場面で、
無理をしなくてもよかったかもしれない。
でも、
元日の車内では、
それを責める気にならない。
そういう一年だった、
ただそれだけだ。
ラジオもつけない。
音楽もかけない。
エンジン音と、
タイヤが路面を転がる音だけがある。
それが、ちょうどいい。
元日って、
「始まりの日」って言われるけど、
実際は、
まだ何も始まっていない。
仕事も動いていないし、
日常も戻ってきていない。
ただ、昨日と今日の間に、
線が引かれただけだ。
その線の上を、
車でなぞるように走る。
急がなくていい。
どこにも辿り着かなくていい。
元日の朝は、
「こうしなきゃいけない」が、
ほとんど存在しない。
それが、
車に乗る理由なのかもしれない。
走っていると、
少しだけ、気持ちが軽くなる。
何かが解決したわけでも、
前向きな決意をしたわけでもない。
ただ、
新しい年の空気を、
ちゃんと吸った感じがする。
信号待ちで、
フロントガラス越しに空を見る。
昨日と同じはずの空なのに、
少しだけ違って見える。
それで十分だ。
来年どうするかなんて、
まだ決めなくていい。
今年どう生きるかなんて、
今決める必要もない。
元日は、
考えすぎないための日だと思っている。
車を停めて、
エンジンを切る。
急に、世界が静かになる。
しばらくそのまま、
シートに座っている。
何かを始めなくてもいい時間。
何者かにならなくてもいい時間。
また今年も、
こうして走っていくんだろうな、
という予感だけが、
静かに残る。
元日の朝に車に乗るのは、
気合を入れるためじゃない。
ちゃんと、
「今ここにいる」と感じるためだ。
それができたら、
今年の始まりとしては、
もう十分だと思っている。






