【2026年元日】静かすぎる朝に車に乗った理由|何も始めなくていい時間の話

元日の朝は、音が少ない。

いつもなら聞こえてくるはずの車の走行音も、
どこか遠くにある。
テレビをつけても、街の気配は伝わってこない。

外に出ると、
空気がやけに澄んでいる。
寒さのせいかもしれないし、
正月だからかもしれない。

理由は分からないけど、
元日の朝だけは、
世界が少しだけ静かになる。

そんな朝に、車に乗る。

初日の出を見に行くわけじゃない。
初詣に向かうわけでもない。
誰かと待ち合わせているわけでもない。

ただ、エンジンをかけて、
いつもの道を走る。

元日の道路は、不思議だ。
信号はいつも通りに変わるのに、
止まる回数が少ない。
前にも後ろにも、ほとんど車がいない。

普段なら気にもしない道なのに、
今日はやけに広く感じる。
車線も、歩道も、
全部が余白みたいだ。

ハンドルを握りながら、
昨日までの一年のことを思い出す。
でも、それは反省とか総括じゃない。

大晦日に振り返ったはずなのに、
まだ残っていたものが、
静かに浮かんでくる感じ。

あのとき、
もう少し違う選択もあったかもしれない。
あの場面で、
無理をしなくてもよかったかもしれない。

でも、
元日の車内では、
それを責める気にならない。

そういう一年だった、
ただそれだけだ。

ラジオもつけない。
音楽もかけない。

エンジン音と、
タイヤが路面を転がる音だけがある。

それが、ちょうどいい。

元日って、
「始まりの日」って言われるけど、
実際は、
まだ何も始まっていない。

仕事も動いていないし、
日常も戻ってきていない。
ただ、昨日と今日の間に、
線が引かれただけだ。

その線の上を、
車でなぞるように走る。

急がなくていい。
どこにも辿り着かなくていい。

元日の朝は、
「こうしなきゃいけない」が、
ほとんど存在しない。

それが、
車に乗る理由なのかもしれない。

走っていると、
少しだけ、気持ちが軽くなる。
何かが解決したわけでも、
前向きな決意をしたわけでもない。

ただ、
新しい年の空気を、
ちゃんと吸った感じがする。

信号待ちで、
フロントガラス越しに空を見る。
昨日と同じはずの空なのに、
少しだけ違って見える。

それで十分だ。

来年どうするかなんて、
まだ決めなくていい。
今年どう生きるかなんて、
今決める必要もない。

元日は、
考えすぎないための日だと思っている。

車を停めて、
エンジンを切る。
急に、世界が静かになる。

しばらくそのまま、
シートに座っている。

何かを始めなくてもいい時間。
何者かにならなくてもいい時間。

また今年も、
こうして走っていくんだろうな、
という予感だけが、
静かに残る。

元日の朝に車に乗るのは、
気合を入れるためじゃない。

ちゃんと、
「今ここにいる」と感じるためだ。

それができたら、
今年の始まりとしては、
もう十分だと思っている。