平日の夜、気持ちが何も反応しなくなる瞬間

平日の夜、気持ちが何も反応しなくなる瞬間

平日の夜、
ふと気づくと、
気持ちが何も反応していない瞬間がある。

嫌なことがあったわけじゃない。
強く疲れているわけでもない。

でも、
嬉しいとも思わないし、
楽しいとも思わない。

感情が、
一段落ちた場所にいる感じ。

しんどいわけじゃないのが、余計に説明しづらい

「どうしたの?」と聞かれても、
答えに困る。

元気がないわけでもない。
落ち込んでいるわけでもない。

ただ、
何も感じていない。

この状態は、
言葉にすると、
少し大げさに聞こえてしまう。

2月の平日は、感情が薄くなりやすい

寒さが続いて、
景色もあまり変わらない。

イベントも少なくて、
日常が淡々と流れていく。

2月の平日は、
感情が動きにくい条件が、
そろっている。

それは、
異常でも、
問題でもない。

何かを感じようとすると、余計に疲れる

「ちゃんと感じなきゃ」
そう思うと、
逆にしんどくなる。

楽しまなきゃ。
前向きにならなきゃ。

そういう圧が、
感情をさらに鈍らせる。

今日は、
感じなくていい日かもしれない。

家に帰っても、気分は変わらない

仕事を終えて、
家に帰る。

ホッとするはずの場所なのに、
気分はあまり動かない。

落ち着くわけでも、
切り替わるわけでもない。

ただ、
夜が始まる。

だから、車に乗る

この感覚のまま、
車のキーを手に取る。

気分転換をしたいわけじゃない。
スッキリしたいわけでもない。

ただ、
この「無反応な状態」を、
そのまま持って出られる場所が欲しかった。

運転中は、感情を使わなくていい

運転中に必要なのは、
判断と操作だけだ。

楽しいかどうか。
好きかどうか。

そういう感情は、
別にいらない。

今は、
前を見て、
走るだけでいい。

無感情は、空っぽとは違う

何も感じていないと、
空っぽに思えることがある。

でも実際は、
空っぽじゃない。

情報も、疲れも、
ちゃんと中にある。

ただ、
それを表に出す元気がないだけだ。

反応しない夜も、必要な時間だ

すべての夜が、
何かを感じる夜じゃなくていい。

反応しない夜があるから、
反応する夜が分かる。

2月の平日は、
そういう夜が多い。

車内は、感情を求めてこない

車の中では、
何も求められない。

楽しめとも言われないし、
元気を出せとも言われない。

無反応なままでいても、
ちゃんと成立する。

何も感じていない自分を、評価しない

この状態を、
良いとも悪いとも言わない。

ただ、
今はこうだと認める。

評価をしないだけで、
少し楽になる。

走っているうちに、夜が進む

気づけば、
時間が経っている。

感情は動いていないけど、
夜は進んでいる。

それでいい。

車を停めると、少しだけ戻ってくる

家に戻って、
車を停める。

エンジンを切ると、
ほんの少しだけ、
自分に戻る。

劇的な変化じゃない。
でも、
ゼロでもない。

無感情な夜は、冬の真ん中にある

2月の夜は、
冬の真ん中だ。

動きも、
感情も、
一番低い位置にある。

だから、
反応しなくてもいい。

明日は、また違うかもしれない

明日は、
少し気分が動くかもしれない。

動かなくても、
それはそれでいい。

今日は、
平日の夜だった。

気持ちが何も反応しなくなる瞬間。

車内で、
そんなことを思った夜の話。