【土曜日】予定が何もない朝に、あえて車に乗る理由

【土曜日】予定が何もない朝に、あえて車に乗る理由

土曜日の朝に目が覚めて、
今日の予定を頭の中で確認する。
そして、何もないことに気づく。

誰かと会う予定もない。
行かなきゃいけない場所もない。
やらなきゃいけないことも、今のところ浮かばない。

こういう朝は、
人によっては最高だし、
人によっては少し落ち着かない。

僕はどちらかというと、
後者だ。

「何もしなくていい」は、意外と難しい

予定が何もない、という状態は、
自由なはずなのに、
なぜか扱いが難しい。

平日は、やることが決まっている。
起きて、仕事に行って、帰ってくる。
その流れに乗っていれば、
一日は勝手に進む。

でも土曜日は違う。
何をしてもいい。
何もしなくてもいい。

その「何でもいい」が、
少しだけ重たい。

有意義に使わなきゃ、
という気持ちが、
どこからともなく出てくる。

気づくと、何かを探している

スマホを手に取る。
特に用事はないのに、
SNSを眺める。

動画を再生して、
途中でやめる。
ニュースを読んで、
すぐに閉じる。

何かを探しているのに、
何を探しているのかは分からない。

こういう状態のまま、
午前中が終わってしまうこともある。

だから、車に乗る

そんな土曜日の朝に、
車のキーを手に取る。

特別な目的はない。
どこか遠くへ行く予定もない。

ただ、
一回、家の外に出たい。

家にいるのが嫌なわけじゃない。
でも、
この「何も決まっていない感じ」を、
そのまま部屋の中で抱えるのは、
少しだけ息苦しい。

土曜日の朝の道路は、ちょうどいい

エンジンをかけて、
車を走らせる。

土曜日の朝の道路は、
平日ほど慌ただしくないし、
日曜ほど緩みきってもいない。

通勤の車は少ないけど、
完全に静まり返っているわけでもない。

この中途半端さが、
なぜか落ち着く。

目的地がないと、考えすぎなくていい

目的地を決めていないと、
急ぐ必要がない。

ナビを見ることもないし、
時間を気にする必要もない。

赤信号で止まっても、
別に気にならない。

この「どこにも辿り着かなくていい時間」が、
土曜日の朝には、ちょうどいい。

一週間分の疲れが、遅れて出てくる

走っていると、
平日の疲れが、
少しずつ表に出てくる。

仕事中は気づかなかった重さ。
平日の夜には処理しきれなかった感情。

土曜日の朝になって、
ようやく顔を出す。

それを、
無理に片づけなくていい。

「ああ、疲れてたんだな」と思うだけで、
少し楽になる。

予定がない朝は、整える時間になる

予定がない、ということは、
整える余白がある、ということでもある。

何かを達成しなくてもいい。
成果を出さなくてもいい。

ただ、
来週に向けて、
自分の位置を少し戻す。

車に乗る時間は、
そのための装置みたいなものだ。

「何もしなかった土曜日」じゃなくていい

家にずっといると、
土曜日が終わったときに、
「何もしなかったな」と思ってしまうことがある。

でも、
こうして少し車に乗っただけで、
その印象は変わる。

何かをした、というより、
ちゃんと時間を使った、という感じ。

それで十分だと思う。

車を停めると、朝がちゃんと終わる

家に戻って、
車を停める。

エンジンを切ると、
土曜日の朝が、
ちゃんと一つ終わった気がする。

まだ昼には早い。
一日も、まだ長い。

でも、
もう「何をしようか」と焦らなくていい。

予定がない土曜日は、悪くない

予定が何もない土曜日は、
不安になることもあるけど、
悪くない。

むしろ、
こういう土曜日があるから、
平日をちゃんと走れる。

車内で、
そんなことを思った朝だった。

予定がないからこそ、
車に乗る理由が、
ちゃんと残っている。

土曜日の朝は、
それでいい。